- 更新日:2024.08.20
- #固定残業代制
【弁護士が解説】「固定残業代制だから残業代は無し」は違法?
この記事を読んで理解できること
- 固定残業代制(みなし残業代制)とは?
- 実は違法なケースが多い固定残業代制(みなし残業代制)
- 固定残業代制(みなし残業代制)の違法性を判断するための7つのチェックポイント
- 残業代はいくら返ってくる?
- 残業代の請求のため知っておくべき2つのこと
「残業は増えたのに、給料は一切変わらない」
「いくら残業しても残業代が支払われない」
飲食業や運送業界、工場での勤務、医療、様々な業界でそういった不満を耳にします。
その中には、
「残業代がもらえないのは嫌だけど、入社時に固定残業代制(みなし残業代制)だと説明されていたから仕方ない」
と諦めている方も多いようです。
ですが、実際には、固定残業代制(みなし残業代制)を導入している企業の多くが違法に残業代を支払っていません。
企業側は「残業代を支払わない企業もいる中で、固定で残業代を払うなんて良心的でしょう」とあなたに説明するかもしれません。
ですが、それは建前にすぎず、本音は「できる限り残業代を安くし、長時間こき使ってやろう」と考えているのです。
まずお伝えしておきたいのは、固定残業代制(みなし残業代制)だからといって、いくら残業しても残業代を支払わないでいい、というワケではないということです。
では、いったい、固定残業代制(みなし残業代制)とはどういった制度なのでしょうか?
今回の記事では固定残業代制(みなし残業代制)とは何か、また固定残業代制(みなし残業代制)が違法に利用されていた場合、不当に支払われなかった残業代を取り戻すためにはどうすればいいのか、をお伝えします。
「固定残業代制(みなし残業代制)を盾に、残業代が支払われていない」という方は、ぜひ正しい知識を身に着け、本来もらう権利のある残業代を取り戻してください。
【全部読むのが面倒な方へ|当記事の要点】
■固定残業代制(みなし残業代制)を利用して残業代を払わない会社の手口
①各種手当を残業代と偽る手口
②基本給に一定金額の残業代を含む手口
違法に支払われていない残業代は、請求して取り返すことができる。
■固定残業代制(みなし残業代制)の違法性を判断するチェックポイント
- 就業規則がない or どこにあるか知らされていない
- 基本給部分と残業部分の区別がつかない
- 残業に対する対価でないものを残業代と言っている
- みなし残業を超えた分の残業代が支払われない
- みなし残業が想定する残業時間が異常に長い
- 基本給が最低賃金を下回っている
- 給与規程が改定されている
■残業代を取り返すためには、証拠集めが大事
- タイムカード
- 会社のPC利用履歴
- 業務日報
- 運転日報
- FAX送信記録
などを集めること。
目次
1章:固定残業代制(みなし残業代制)とは?
固定残業代制(みなし残業代制)を導入している企業は多数存在します。まず、固定残業代制(みなし残業代制)とはなにかをチェックしておきましょう。
1-1:固定残業代制(みなし残業代制)の意味
固定残業代制(みなし残業代制)とは、一定の残業時間分の残業代を最初から給料として払っておく制度 です。
一見、「残業代が出ないことが慣例になっている業界もあるなかで、毎月一定の残業代を支払ってくれるなんて良心的」と考えてしまいがちです。
もちろん、固定残業代制(みなし残業代制)の意味をきちんと従業員に説明し、まっとうに運用している企業も存在しますが、この制度は、会社が従業員を違法にこき使う一つの手口として利用されがちです。
2章:実は違法なケースが多い固定残業代制(みなし残業代制)
2-1:なぜブラック企業は固定残業代制(みなし残業代制)を導入するのか
固定残業代制(みなし残業代制)は、ブラック企業で導入されがちです。
なぜなら、ブラック企業にとって固定残業代制(みなし残業代制)は、「一見、基本給が他社より高額に見えるため人を集めやすい」「従業員を低賃金で長時間使用できる」など、社員を働かせ放題なオイシイ制度だと言えるからです。
次に、ブラック企業が社員をこき使う固定残業代制(みなし残業代制)の手口について詳しく解説していきます。
2-2:手口の種類
固定残業代制(みなし残業代制)を違法に利用する手口は大きく分けて2つあります。
2-2-1各種手当を残業代だと偽る手口
ひとつは「手当」をつけることで、本来支払われるべき残業代を支払わない手口です。
「役職手当が固定で残業代として支払われているから、いくら残業しても給料は変わらない」
と思っていませんか?
役職手当などの「固定手当」を、「残業代」だと説明している企業は多数存在します。
こういった固定手当を残業代ということにして、残業代を支払わないケースは、専門家から見ると違法なケースが多々あるのです。
給与明細を確認し、こういった手当のみで残業代が支払われていない場合は、違法性を疑ってかかるべきでしょう。
固定手当は、役職手当のほかに、残業手当や営業手当などと記載されている場合もあります。
「○○手当は、残業代の代わりに支払っている」と会社から言われたとしても、残業代を受け取る権利があるケースが多いことを認識しておきましょう。
2-2-2 基本給に一定金額の残業代を含む手口
もうひとつの手口は、基本給に組み込むことで、基本給の水増しをする方法です。
まず、下記の求人を見てください。
A社:基本給30万円(45時間分の残業代3万円を含む)
B社:基本給27万円
A社は、残業代組み込み型の固定残業代制(みなし残業代制)を導入している企業です。
上記だけをみると、A社の方が基本給が3万円高く、報酬を充分に支払ってくれる企業のように見えます。
けれど実際には、定められた時間以上(上記のケースでは45時間異常)の残業をしたとしても、追加で残業代が支払われないケースが多いのです。
3章:固定残業代制(みなし残業代制)の違法性を判断するための7つのチェックポイント
会社が固定残業代制(みなし残業代制)を悪用して、社員を違法に働かせる手口について理解できたでしょうか?
会社から不当に扱われないためには、固定残業代制(みなし残業代制)の違法性を判断するために、就業規則を確認したりする必要があります。
以下のいずれかに該当する場合は、みなし残業が違法になることが極めて多いです。
必ず違法というわけではありませんが、以下の7つに1つでも該当したら、専門家に問い合わせてみると良いでしょう。
①就業規則がない or どこにあるか知らされていない
②基本給部分と残業部分の区別がつかない
③残業に対する対価でないものを残業代と言っている
④みなし残業を超えた分の残業代が支払われない
⑤みなし残業が想定する残業時間が異常に長い
⑥基本給が最低賃金を下回っている
⑦給与規程が改定されている
それぞれについて解説していきます。
3-1:就業規則がない or どこにあるか知らされていない
固定残業代制(みなし残業代制)が合法であるためには、就業規則に固定残業代制(みなし残業代制)に関する内容が記載されている必要があります。
そのため、そもそも就業規則がない、もしくは、就業規則がどこにあるか知らされていない場合は、固定残業代制(みなし残業代制)と会社が主張しても違法である可能性が極めて高いです。
仮に就業規則が存在していたとしても、諦める必要はありません。以下のような場合があれば、固定残業代制(みなし残業代制)は違法である可能性が高いです。
3-2:基本給部分と残業部分の区別がつかない
まずは、合法であるケースから紹介します。
基本的には、残業時間と残業代の金額が両方明示されている必要があります。
以下は、合法になる可能性が高い就業規則です。
「第●条
基本給には、固定残業手当として、時間外労働45時間分である6万円を含む。」
しかし、現実にはここまでしっかりした就業規則や賃金規程は極めて稀でしょう。
次に、違法であるケースについて紹介します。
最高裁は、「基本給部分と残業部分を明確に区別できないような固定残業代制(みなし残業代制)は違法」と判断しています。
【違法な事例1~残業しない労働時間の部分と、残業時間が区別できない】
・高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日)
会社側は「歩合給に残業代が含まれている」と主張しましたが、固定残業代制(みなし残業代制)として違法とみなされた事件。
例えば、固定残業代制(みなし残業代制)について、就業規則や賃金規程に以下のような規定になっていれば違法である可能性が極めて高いです。
【違法な事例2~残業時間も金額もなし】
「第●条:基本給には、法定労働時間労働に対する手当を含む」
このような場合、基本給のうち、残業代の部分の金額がいくらかは全く分かりません。残業時間も額も書いていないからです。
【違法な事例3~残業時間はあるが金額がない 】
「第●条:基本給には、法定労働時間を超える労働45時間分の時間外手当を含む」
このような場合、残業の時間(45時間)は記載してありますが、基本給の中のいくらが残業代なのかは、分かりません。そのため、法律に詳しくない労働者にとって、基本給部分と残業代部分を区別することは不可能です。
残業時間のみ記載してある場合の時間外手当は、違法の可能性が高いです。
3-3:残業に対する対価でないものを残業代と言っている
たとえ就業規則に「各種手当を残業代として払う」と書いていても、法的には、残業代とは認められないことが多いです。
各種手当てが前述の3-1や3-2の要件をクリアしており、就業規則に残業代の趣旨で支払われるということが記載されていたとしても、諦める必要はありません。
各種手当の中に、“残業に対する対価”と“その他の手当の対価(営業手当や深夜手当など)”が混在している場合、近時の裁判例においては、固定残業代制(みなし残業代制))は違法となる場合が多いです。
固定残業代制(みなし残業代制)を違法とする裁判例は以下のようなものです。
【「営業手当」が固定残業代(みなし残業代)として認められなかったケース】
会社は、営業手当について、営業マンの残業が多いことから支給されているので、残業手当であると会社は主張していました。
しかし、裁判所は、残業が多い他の部署には営業手当が払われていないことを疑問視し、営業手当は、残業手当ではなく、営業活動に伴う経費の補充やインセンティブの意味であると判断しました。
つまり、固定残業代制(みなし残業代制)は違法とされました。(※アクティリンク事件(東京地判平成24年6月29日))
【「成果給」が固定残業代(みなし残業代)として認められなかったケース】
「成果給」について、会社は残業手当として支給していると主張しました。
しかし、「成果給」、前年度の成績に応じて支給されるものでした。
残業代とは、残業時間に比例して払われるものであり、「成果給」とは性質の違うものであると判断しました。
つまり、固定残業代制(みなし残業代制)は違法とされたのです。
(※トレーダー愛事件(京都地判平成24年10月6日))
【「精勤手当」が固定残業代(みなし残業代)として認められなかったケース】
「精勤手当」について、労働者の年齢、勤続年数、会社の業績等により数回にわたり変動していることを理由に、残業代以外の意味のものが含まれているとして、固定残業代制(みなし残業代制)を否定しました。
(※イーライフ事件(東京地判平成25年2月28日))
以上のように、「〇〇手当が残業手当だ!」と会社が言い張ったとしても、裁判官は簡単には有効なものとは認めないのです。
なお、以下は、ある手当について、固定残業代制(みなし残業代制)を認めた裁判例で、あまりない例外的なケースと言えます。
【残業の実態をきちんと調査した上で固定残業代制(みなし残業代制)を設けて合法となったケース】
「セールス手当」について、セールスマンの残業時間を平均して1日1時間、1か月合計23時間という調査結果を基にセールス手当の割合を決めていた事案で、固定残業代制(みなし残業代制)を有効とした。
(※関西ソニー販売事件(大阪地判昭和63年10月26日))
上記の裁判例のように、ある手当が残業手当とする会社の主張が通るためには、会社が残業の調査をきちんと行い、調査に即して残業手当を設定した等の適切な運用が必要です。
しかし、このような適切な運用をしている会社はほとんど見当たりません。
3-4:みなし残業を超えた分の残業代が支払われない
固定残業の定める労働時間を超えて残業したのに、その差額を上乗せして払わない場合は、裁判所は固定残業代制(みなし残業代制)は違法とする考え方が強いようです。
(テックジャパン事件判決最高裁平成24年3月8日櫻井龍子補足意見)
また、労働時間を適正に管理していなかったり、就業規則等を雑に定めていたりすることで、残業代をきちんと払う意思がないと判断できる場合は、固定残業代制(みなし残業代制)は違法である可能性が高いです。
【勤怠管理システムの不備で固定残業代制(みなし残業代制)が違法となったケース】
勤怠管理システムにおいて、「出社時刻」だけを入力させていた。
出勤時刻を入力させていない以上、労働時間管理をしておらず、残業時間を計算できないので、残業代をきちんと払う意思がないとして、固定残業代制(みなし残業代制)を認めませんでした。
(※イーライフ事件判決(東京地判平成25年2月28日))
3-5:みなし残業が想定する残業時間が異常に長い
月45時間を超える残業を想定する固定残業代制(みなし残業代制)は違法になる可能性があります。
三六協定で許されている45時間を超える残業を常に想定していることに違法性が高さが表れているからです。
特に月80時間を超えるような総統に長期な残業を想定する固定残業代制(みなし残業代制)(みなし残業制)は、違法になる可能性が高いです。
なぜなら、月80時間を超える残業は過労死との関連性が強いとされているため(「脳血管疾患及び虚血性疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発1063号平成13年12月12日))、このような危険性の高い残業をあらかじめ予定する固定残業代制(みなし残業代制)を認めるわけにはいかないからです。
裁判例も長期にわたる残業を認めない傾向にあります。
【長期にわたる残業が認められなかったケース】
■ザ・ウインザー・ホテルズ・インターナショナル事件(札幌高判平成24年10月19日)
95時間分の固定残業代(みなし残業代)として支給された「職務手当」について45時間分を超える部分について、無効と判断しています。
■マーケティングインフォーメーションコミュニティ事件(東京高判平成26年11月26日)
残業100時間分の営業手当について、違法な長期労働を許してしまいかねず、固定残業代制(みなし残業代制)として認めないと判断しました。
3-6:基本給が最低賃金を下回っている
あなたの月給のうち、みなし残業を除いた部分(基本給部分)が非常に少ない場合、固定残業代制(みなし残業代制)が違法となる可能性が非常に高いです。
みなし残業を除いた部分を、173.8(月の所定労働時間)で割ってみて、あなたの職場の都道府県の最低賃金を下回っていると、固定残業代制(みなし残業代制)は違法の可能性が高いです。
「(注)東京の最低賃金は平成28年度のものです。」
なお、各都道府県の最低賃金については以下をご参照ください。
地域別最低賃金の全国一覧(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/
3-7:給与規程が改定されている
過去に、就業規則や給与規程が改定されている場合は、要注意です。(就業規則や給与規程の最初や最後に改定日が記載されています。)
就業規則や賃金規程を変更は、かつてある手当について、「残業手当」ではないものとして払っていたのを、「残業手当」にしてしまおうと画策するために行われている可能性があります。
例えば、あなたの知らないうちに、基本給の一部が固定残業代(みなし残業代)に置き換えられていたりするのです。
このような場合、不合理な就業規則の変更として、労働契約法10条により認められない可能性が極めて高いのです。
4章:残業代はいくら返ってくる?
次に、具体的な残業代の計算方法を見ていきましょう。
月給35万円 残業100時間の場合
月給が35万円(基本給25万円+手当10万円)の人で毎月100時間の残業(割増率1.25倍)が2年間続いている場合
基礎時給2,059円×割増率1.25×残業100時間×24カ月=6,177,000円
つまり、約611万円の残業代が取り返せるという計算になります。
残業代の時効は3年間ですから、3年以上前に残業した分に関しては、無効となってしまいます。
5章:残業代の請求のため知っておくべき2つのこと
3章で確認したあと、自分の勤めていた企業が違法に固定残業代制(みなし残業代制)(みなし残業制)を導入していると判明した場合、残業代を請求することができます。
残業代を請求するまえに、以下の2つのポイントを押さえておきましょう。
5-1:請求できる期間が決まっている
「違法に残業代が支払われていなかったのは分かったけど、すでに会社を退職してしまっている」
という場合でも心配ありません。
給料の支払い日から3年間は、残業代を請求することができます。
すでに退職しているからといって諦める必要はありません。
5-2:大切なのは証拠集め
残業代を請求する際には、まずは証拠を集めましょう。
証拠があれば、会社と争うときに有利になり、残業代の請求がスムーズになります。
具体的には、
・タイムカード
・会社のPC利用履歴
・業務日報
・運転日報
・FAX送信記録
などです。
在職中の方はできるだけ多く、証拠を集めましょう。
すでに退職してしまっている場合でも、専門家に依頼することで、企業側に証拠の提示を求めることも可能です。
まとめ:固定残業代制について
◆固定残業代制(みなし残業代制)を導入している企業の多くが、違法に残業代を支払っていない。
ブラック企業が従業員をこき使う手口としては
①各種手当を残業代と偽る手口
②基本給に一定金額の残業代を含む手口
の2種類がある。
◆違法に支払われていない残業代は、請求することによって、取り返すことができる。
◆残業代を請求するために必要なのは証拠集めである。証拠には、タイムカード・会社のPC利用履歴・業務日報・運転日報・FAX送信記録などがある。
「固定残業代制(みなし残業代制)だから、いくら残業しても給料は変わらない」というのは想い込みにすぎないことがお分かりいただけたと思います。
労働に対する正当な対価を求めることは、当然の権利です。
「うちの業界はどこも残業代を支払われていないから」
「同僚や上司も残業代無しが当然だと言っているから」
と躊躇することなく、堂々と権利を主張していただければと思います。
一人ひとりが正当な権利を主張することで、法の目をかいくぐり、違法にあなたをこき使っている企業も淘汰されていくことでしょう。
参照
※1平成13年12月12日基発1063号